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通称夜戦病院での初めての救急外来

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今日は、M3.comに「夜間救急で患者が吐血。消化器内科を呼ぶべきか否か。」という記事がありまして、医師以外の医療従事者にも、知ってて損はないショックインデックスの情報がありましたので載せておきます。「ショックインデックスによる出血量の予測というのを考えていきます。心拍数が収縮期血圧を超えると1.0を超えますから、そうすると有効循環血液量の約23%を失っていると言われています。」と、総合診療部の女医さんが説明しているのですが、病院内でこのように説明してくれる医師ってどれくらいいるんだろうと思った今日この頃でございます。

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救患が吐血、内視鏡検査前にすべきこと【研修最前線】

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ショックの話を今日はしたいなと思いまして、内視鏡の記事を掲載させていただきました。内視鏡経験もあり、消化器内視鏡技師も持っているのですが、今日は、もっと昔の私が看護師になって二年目の初の救急外来での恐ろしい出来事をお話ししようかと思います。


その野戦病院へ就職したのは3次救急をしていたからでありまして、就職当初は病棟勤務だったのですが、とある事情で突然手術室と外来を兼任する部署に異動となりました。救急外来の夜勤は、最初上の人が一緒に一回だけ勤務してくれるのですが、2回目から一人ぼっちでしなければなりませんでした。ましてや日勤は、普通の手術室の勤務なので外来を経験するには週に二日しかない夜診(夜間診療)を経験するしかなく、しかも、勤務のシフト上月に2回か3回しか練習の場を与えてもらえませんでした。看護師2年目の5月頃移動となり、涼しくなる8月の終わりの救急外来で日曜日の日勤で一人デビューを果たした何もわからない新米看護師の私は、世にも恐ろしい経験をすることになりました。
軽症の救急車で搬送された患者さんを3人ほど対応し、少し足どおりが途絶えたので遅めの昼食を2時頃摂っていたところ、電話の対応をしてくれる医療事務の人から、草刈りの最中に腕を切ったという救急が入ったから20分ぐらいで到着するよと連絡を受けました。私は、先輩に教わった通りにご飯も途中で点滴などの準備をしに救急外来へ行き、内心、軽い救急ばかりだったので、草刈りのかまで切創ぐらいとしか考えていませんでした。あれよあれよと準備の最中に救急車のサイレンの音はこちらに近づいて消音、救急外来の扉をあけるとそこには、酸素マスクをした真っ青な人が担架に乗り、救急隊員が「ショック状態です。」と半ば叫びながら大急ぎで運んできました。医師はすぐさま気管内挿管の準備を指示し、手術室で勤務していた私は、すぐにとりあえずは対応できましたがここからが未知の世界となりました。

救急隊員は腕に巻いていた物を持って帰りたいので外していいかと聞いてきたため、何もわからない私は、どうぞと返事をしましたがその途端腕から天井を押し上げるように血が噴きあげ、医師に「そんなん外したら噴きだすにきまってるやろ!!早くその機械でしばれ!!」と外来の隅に置いている見たこともない機械でとりあえずバンドらしきものがあったので縛って、タイヤの空気入れみたいにシュポシュポ膨らませて駆血しました。今考えれば、救急隊員は私のおどおどした挙動不審な行動を見て、新米いじりをしてやろうと思ったに違いありません。まあ、それはタニケットといわれるバンドでして出血点より中枢側の部位で強く縛ることにより出血しないようにする器具でしたが、救急隊員の持っていた物は電動式、対して救急外来にあるものは手動式で自転車のタイヤに空気を入れる方法で縛っていくというお粗末なものでございました。とにもかくにも、医師と私しかいなくなった救急外来は超人手不足で、医師には、「ルートを取れ、輸血の準備をしろ!整形の医者を呼べ!!」と怒号のように指示を言われるのですが、私の手は二つしかなく、かつ未熟な私の腕では出血性ショックの怒張のない血管に点滴をすることも困難な状況でした。あまりの医師の怒鳴り上げる大声に反応したのか医療事務さんが何事かと訪れ、医師は応援を呼ぶように指示しました。応援を呼ぶにしても、所詮は個人経営の野戦病院であり医師は私の横にいる院長一人、すぐさま現れたのは院長の母親(老婆)一人でした。たいして役に立つはずもなかったのですが、院長の怒りは母親である老婆に向かうようになり、少し冷静さを取り戻した私は、医療事務の人にお願いして腕を持ってもらい、何とか血管確保し輸液を入れるラインを確保することに成功しました。血管確保できたことを院長に伝えると、今度は、「血液型を判定しろ。」と指示を受けるのですがそんなことやったことはありません。「何処に器具あるんですか?」と聞くと、「そこの引き出しに入ってるやろ!!何で教えてもらってへんねん!!」とまたまたお怒りを受け、内心、検査技師さんの仕事やろと思ったのですがそんなことを考えている時間はありません。ちなみにこんな器具だったのですが、
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一つ一つに血液を落としていき色の変化で血液型を判定するのですが、正直手の震えが治まらず片手でもう片方の腕を抑えながらスポイドに吸った血液を垂らしたのを今でも覚えています。これ間違って判断し輸血したら免許失うやろなあと思いながら恐る恐るB型RH+であることを伝えたところに、院長の妻(内科医)が訪れ、一緒にもう一度確認してくれたため事なきを得ました。
その後、輸血を行い手術室にあるクワガタの頭みたいな血管をクリップする器具で出血を止めて駆血のバンドを外し、整形外科医がきたので手術室へ入室となり6時間の緊急手術となりました。
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手術の介助も私が行うため、その間は救急外来は受け入れ中止となり、すべてが終わったのは、夜の9時半を回っていました。食べかけの弁当を食べる気にはならず、もったいないなあと思いつつゴミ箱にすて自宅へと帰路につきました。次の日、上の人達からは一日でたくさんの経験ができてよかったなあと言われましたが、昨日の出来事で恐怖を植え付けられた私は、今までなら笑顔で「はい。よかったです。」と答えていましたが、対応が終始無言な反応だったのを思いだします。今回の経験で、教わってないことはできないし自分の技量のしょぼさを痛感しましたが、スタッフの能力で人の命を左右するこの野戦病院にも疑念を抱くようになるのでありました。

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