災害派遣医療チーム 2

被災地へ向かうことが決定した災害派遣医療チーム

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DMAT

 

阪神淡路大震災より、被災地神戸を中心として組織編成されたDMAT、被災地に向かった当時から上記のような総称こそありましたが、世間一般的にはあまり普及はしていませんでした。

災害派遣医療チーム 2

世間で注目を浴びるようになったのは上記ドラマが放送されてからで、医療業界でも個人が研修にいってDMATが各病院で編成されるようになったのは、東北の震災からといっても過言ではありません。DMATわかりずらい方もたくさんおられると思いますので、下記に図解の写真を載せておきますので参考にしてください。

災害派遣医療チーム


はてさて、今日は被災地に向かう我が病院の精鋭たちを紹介させていただきたいと思います。まず、医師ですが、おれの内視鏡治療は全国で3本の指に入ると普段から豪語する内科医。実際は、診察中に患者を怒鳴り付け、スタッフにも平気で暴言を吐く医師であり、普段の検査も胃カメラを10件以上入っていると怒りだすとんでもない輩である。当時、あまり接点のなかった内科病棟の婦長に、廊下ですれ違った時ねぎらいの言葉でもかけてくれるのかと思いきや、「来週出発やね。お願いやからあの男被災地でわからんように殺して埋めてきて。」とまで言わせた伝説の医師である。

そしてもう一人の医師は、私より若い外科医で、医療派遣が決まったその日からの彼の口癖は、「僕は、外科のことしかわかりませんよ。軽い創傷くらいしかみれませんよ。」で、当時私は、「みんなで助け合えば何とかなりますよ。頑張っていきましょう。」と声をかけていたが、内心は、「お前毎日腹切って開けとるやないか!ええ加減腹くくって前向きに考えろよ。」と思っていたのを、今では懐かしいなと思いだす年下医者であった。

そして、定年まで後1年の薬剤師のおじさん。いつ薬を取りに行っても不愛想で、いわいる会社でいうと薬局長になれずに窓際族になってしまったおじさんである。

ラストは、私より少し年上の理学療法士で、通信部門担当で抜擢されたようで、普段お役所仕事の定時で帰るリハビリ部門のこの人が、一番まともな人間に当時は見えてしまっていたのがお粗末な話である。

残りは私を含めた看護師二人の親父であるが、前回紹介したので省略させていただく。

このような今のauのCMのような無茶苦茶な編成で出発することとなるのだが、それぞれ個人個人に尊敬できる人間ドラマがあり、これから被災地での救護活動と合わせて、一つ一つ紐を解いていきたいと思う。


震災に行ってから災害の研修に行ったときにこれあると助かりますと説明してたものですが、

はみがき

口腔内の清潔を保つにはとてもいい商品だと思います。我々が行った時も、断水していて井戸水使ってましたから。今度行く機会があれば必ず持っていきます。水は貴重です。


冒頭で暴言医師がでてきましたが、このような記事も更新しましたのでよろしければ覗いてみてください。

医師の6割が暴言、2割が暴行受けた経験 おさえておきたい最新医療ニュース


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